PALOji*Walker ONCE-IN-A-LIFETIME

居てしまう弊害

働き方 生活

一緒に居たい。ずっとここに居てほしい。

なんだか歌詞のようなフレーズです。

一気に現実に戻っちゃいますが、そこに居てしまうと、なにか大事なものが失われていくということが職場に起こっています。

 

フツーの会社は対象外

今回のコロナ騒動の中での自粛「業種」になっていない中の一つに、「フツーの会社」というのがあります。

普通の会社といってもいろんな業種や業態や事務所の形態があります。有り過ぎます。

なので、一様にくくるわけにもいかないワケですけど、ともあれ対象業種以外の会社(めっちゃ多数)が仕事することは自粛対象外なワケです。

そこでは、世間の大きな問題とは言えないくらいの、マイナーな問題が起こっています。

良かれと思ってか、絶対に行かねばならぬと思ってか、いろいろ事情はあるにせよ、職場にいつものように居ること、居てしまうことでトラブルとなることが起きています。事務所に居てしまう人に、仕事が集中してしまうことです。

 

突然の方針転換

事務職は普段から仕事をこなしていくために、意思決定・連絡・調整・手続・記録といったプロセスを、同じ部屋や近い場所に集まって行ってきました。

が!このコロナ騒動ではリモートワークが突如として推奨されました。そりゃ感染を防ぐ目的から考えれば多くの人は、どうすれば良いか、というかどうしたらダメなのかが、わかると思います。通勤することによる、世間に対して混雑→感染の原因となる迷惑をかけてはまずいということ。それと、事務所に集まることによるクラスターの発生、つまり3密を作らないようにすることが必要です。

しかし、急にはできないわけです。その理由は大きく分けて2つあると思います。

1つは、事務所でしかできない仕事の存在。紙とかハンコとかの処理や、時代遅れなITでの情報処理体制

2つ目が大きいと思いますが、事務所に居ること有りきの業務スタイルでしか仕事を進められない人の考え方の部分

通りすがりに視野に入った人には、わざわざダイヤルしなくても、チャットで招待しなくても会話できるし、楽チンです、声をかける側は。

 

声のかけ方がめちゃめちゃになった

ところがみんな在宅勤務になると、さて、どうやって指示や依頼をしかるべき社員に出して良いものかわからなくなる人々が続出し、混乱の中で電話すら面倒になって、そこに居てしまう社員に、本来の役目でないことの指示をしてしまうことになります。

これが積み重なってくると、平時には整然とすすんでいた仕事の役割分担や、指示命令系統というのがめちゃくちゃになります。

会社の組織図、指示命令系統などは、有って無いような感じになります。

ここまでの症状となると、たかがIT機器の操作と言いながら、最低限のリモートワークで物事が進むように対策してこなかった会社側の責任は大きいと思います。対策とは、機器の装備に加えて、使いかた、活かし方の講習など。

そこに居てしまうことの弊害。居ないことによるワークフローの崩壊。結果として、のちのちのギスギスした感じ。

みんな、こんな事を味わうために仕事をしてませんよね。

どれもこれもコロナのせいですが、直接の感染よりも、こういう見えない心への感染を食い止めたいものです。

これまたひとりひとりがその都度よく考え、そして行動することによってのみできることなんでしょう。

 

居てしまう、ことの弊害

 

今日のZOOM会議

今日のZOOM会議

 

また家庭において、良かれと思って判断して在宅勤務を実現していても、コロナ離婚がハッシュタグになるほど、普段は居ないのに、ずっと在宅で「居てしまう」ことのストレスは出てしまうわけですね。

居る事自体がストレスじゃなくて喜びになる日は来るんでしょうか。

生活・仕事の新しいパターンに、急いで慣れていくことも必要でしょう。

せっかくの人生なので、ホント、誰かにここに居てほしいと言えるような状態に早く戻って欲しいですね。